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TC療法 2クールまとめ
過去の記録
<2013年2月13日~3月5日>
TC療法2クールのまとめです。
今回は手足を保冷剤と氷枕で冷やしました

1~4日目 便秘(1クールと同じく放置)
2日目   月の使者くる。1クールにもきたので20日周期での到来。
      早すぎる(;´Д`)

2日目~  手の甲側の皮膚が硬く直線的にめくれてくる。
      ベビー用のハサミ型の爪切りでカット。
      (赤ちゃん用品、取っておいて良かった(*^^)v)

      指先が赤くかゆい。そして固く角質化している。
      素人考えだが家にあるオロナイン軟膏や紫雲膏など塗って
      手袋をして寝てみる。
      紫雲膏のほうがしっとり感ある。が手袋が紫色に染まるのが難点。
      手袋の縫い目が刺激になって痒いので
      手袋を裏返し、縫い目が外側にくるようにした。

TC皮むけ
↑こんな感じで皮がむけてました


2~6日目 2時間おきくらいに目が覚める。  

6日目~  足の裏の痛み強くなる。両膝も。1クールより強くなっている。
      動くと動悸、息切れ。立ちくらみも。
体力が落ちてきている感じがする。
      頬が時々赤くなる。
左頬のしみ(元々、あったもの)が濃くなってくる。

7日目~  頭皮がピリピリする。
14日目~ 脱毛 第2シーズン始まる。真冬だから頭がとにかく寒い。
      お家帽子の上にもう1枚冬用帽子をかぶる。
      足裏の痛みでシャワー浴なので身体が冷える。

16日目  手の皮むけ、痛み少し落ち着いてくる。
20日目  左頬のしみは元の色に戻ったが右頬が赤くなってくる。


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TC療法 1クールまとめ
過去の記録
<2013年1月22日~2月12日>

TC療法1クールのまとめです
  1クール目のみ手足の冷却はしていません。

*副作用
1日目 寝つき悪い。
1~6日目 便秘。(元々、便秘気味。特に苦痛も感じなかったので放置) 

4日目 月の使者くる

6日目~手指先ピリピリ感。物に触れると、痛い。
    コンタクトレンズをこすり洗いするとしみる。
    物に触れると刺激で皮がむけてくるので
    常に綿手袋、水仕事はゴム手袋をプラス。
    スマフォは痛みがましだった小指で操作。
    手の甲や爪の周りの発疹、かゆみも日を追って出てくる。
    痒いところはマイザー軟膏を1日2回塗布。
    皮むけにはケラチナミンコーワクリーム処方される。

    
    足裏もピリピリ感。入浴は38℃が限界。
    暖まらないので湯船は諦めシャワーにする。
    コタツに足を入れると痛い。歩くと足裏が赤く痛くなる。
    マイザー軟膏1日2回塗布。
    
    手足のピリピリ感にはツムラ牛車腎気丸、
    メチコバール(ビタミンB12製剤)処方されたが
    牛車腎気丸の副作用でめまいが出たので、メチコバールのみとなった。
 

12日目前後 悪寒、風邪症状でるが熱はでない。

14日目 脱毛!少し前から頭皮が熱いような感じがあった。   

その他、舌や唇の腫れ、痺れ→アズノールうがい薬
胃が張る。→ザンタック、セルベックス処方
おてもやん気味(頬が赤い)。
尿意を催すと待ったなし(元々、この傾向はあったが抗がん剤治療中、強くなる)。
などなど、細々した副作用があった。
が、寝込むほどではなく、ウィッグ関連の美容室や乳がんの市民講座受講など
けっこう外出していた。


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TC療法…副作用は手足に来た
過去の記録
<2013年1月28日>
TC1クール 7日目
 
昨日までは副作用といえば舌や関節、指先が少し痛むくらいで
家事や外出も結構できていた。
私って意外と頑丈?なんて思っていた。

それが、今日、いつものように素手で洗面台そうじ(重曹使用)を
したのがいけなかったのか指先がピリピリして痛い(>_<)
物に触ると痛い。箸やペンも持ちにくい。

慌てて近所の100円ショップに綿の手袋を買いに行く。
硬貨も持ちにくく落としてしまう。

スマフォの操作は素手でないと画面が反応しないので
仕方なく一番、痛みがましな小指で。スマフォ用の手袋やタッチペンがいるかも。

抗がん剤に備えて念のため宅配弁当を頼んでいるので
料理はしなくて済むので助かった。

シャンプーも痛いのでなでるくらい。

そして湯船に入ろうとしたら…足の裏が、い、痛い。
我が家の風呂温度42℃。
足を浮かせた間抜けな姿勢で湯船に浸かっていた。

翌日は、思いっきり手袋を買い込んだ。
綿手袋、ゴム手袋、使い捨て手袋。

しばらくは手袋生活だ。ハンドモデルじゃないのに(;´∀`)

スマフォ用のタッチペンは店頭で試してみたが反応が悪く諦めた。
スマフォ用の手袋を買ったが、やはり指先を刺激して痛いので
結局、使わなかった。


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TC療法 1クール1日目(手足の冷却剤なし)
過去の記録
<2013年1月22日>
TC療法 1クール1日目

外科で自動で血圧と脈拍を測り、問診表を提出。化学療法室へ。
2クール目以降は、これに採血と診察も加わる。

私の通う市立病院は点滴の針を刺すのは看護師さんではなく
手の空いている医師の仕事。

医師が忙しいときは点滴も準備万端、整っているのに
待たされる。

50分も待って若い男性医師登場。
茶髪でヘラヘラした感じなので私の中では「チャラお」と命名。
看護師さんとの雑談を聞いているとチャラおはどうやら、
病み上がりで、ここ数日おう吐していたらしい。
だったら患者の前ではマスク着用だろうに(-"-)

点滴開始後も一応、医師が状態を確認する決まりのようで
マスクをしないまま「どうですか~?」と顔を出すので何となく嫌。

他の方のブログにタキソテールの点滴を受けるときは手足を冷やすキットが
準備されていたと書いてあった記憶があり、
ここでも用意されていると思い
看護師さんに確認したら、「ありません」とあっさり。
針刺しは医師限定だし病院によって色々、違うようだ。

今回のみは手足の冷却剤なし

次回からは冷やすものを持参しよう。
口内炎予防用に氷をマグボトルに入れて持参してきて良かった。

<点滴:3時間前後>
吐気止め30分
 ↓
タキソテール60分
 ↓ 
エンドキサン60分
 ↓
生理食塩水 15分

初回なのでバイタルチェックが頻回だったが点滴中は特に問題もなく終了した。
会計が済んだのが13時半すぎでお腹がすいた。
点滴中はトイレや食事もOKということなので
次回は食事時間にかかりそうなら売店で買って持ち込もう。

会計(3割負担)¥39760


<化学療法用の処方箋>
リンデロン錠(アレルギーや炎症を抑えるステロイド薬) 0.5mg×8錠
                           (1日2回)5日分
ザンタック錠(胃薬)                  150×1錠
                           (1日2回)5日分
セルベックスカプセル(胃薬)             50㎎×1カプセル
                           (1日2回)5日分

クラビット錠 500㎎(抗生剤)     1回1錠。1日1回服用。
                   38℃以上発熱時、3日間服用。
                   2日間以上解熱しないときは外来受診。

アズノールうがい液
                    

<体調>
車だと15分くらいで行けるが安全性を考え、電車、バスで1時間かけていく。
(具合いが悪くなってタクシーで帰るかも…なんて大げさに考えていた)
軽い関節痛(肘、手指)、軽い頭痛。夜、やたらくしゃみがでた。寝つきが悪かった。


最近、地震が続いてますが皆さま、大丈夫でしょうか?
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抗がん剤の準備だ
過去の記録
<2013年1月20日>

1月18日に病理結果の説明を受けて急遽、22日から抗がん剤を始めることになった。

準備不足だ(>_<)

先輩がたのブログを見て印象に残っていることは
口内炎予防→氷を舐める…とか?
ウィッグも用意しないと。

しかし、まずは母親としての心が騒ぐ。
けして、いい母でも献身的な母でもないのだが。
娘の小学校卒業準備に中学入学準備…ああ。

式服や靴とか買ってやらなきゃいけない。
時期を逃すと、品薄になって気に入らない服を着ることになってしまう。

娘がガッカリしたり不機嫌になるのを想像すると居たたまれない気分になる。

何て間が悪いんだろう。いろんな事がいっぺんに来た。

本当はもっと前に式服を買っておきたくてお店をチェックしてたんだけど
売り出しの時期がなかなか来なかったんだ。

中学の制服も数日前に説明会があったばかり。

やはり抗がん剤治療を始める前に済ませたほうが良いよね。
体調がどうなるか見当がつかないし。外出できなくなるかもしれないし。

私が入院中、娘の校外学習の弁当作りも、当てにできなかった夫。
服選びに関しては、 旦那はもっと 使えない 当てにできない。 
というより一緒にいると貧乏ゆすりをしながらプレッシャーをかけるに違いない。
娘と2人で行くに限る。

娘を連れ、まずは中学の制服、体操着、ジャージを試着、購入を決める。納入は1か月以上先。
娘「なんか可愛くない制服~」。しょうがないの。公立中なんだから(-"-)

そして卒業式の式服選びだ。

娘を試着室に放り込み試着→補充→返しを店員さんのように繰り返しながら
自分は必死にスマフォで検索。
「TC療法、ホルモン陽性、HER2陰性」などなど(;´Д`)。

延々と2時間も試着室を占領。他にも試着室があったから、許してね。
店員さんから「お母さん良く付き合いますね」と
半分呆れられた。

何とか気に入った式服を買え、一安心(*´▽`*)。疲れたからローファーは、また今度。


<2013年1月21日>
口腔外科受診。
先日の病理検査結果の説明の後、
抗がん剤治療前に歯石、虫歯治療などが必要、と
主治医が予約をとってくれたのだ。

歯科医にせっかくだから、氷で冷やすと口内炎予防になるんですか?と
質問。「不勉強ですみません。よくわかりません」と想定外の質問だったみたい。

病院の売店で脱毛時にかぶるケアぼうし購入。
¥2310


次回はTC療法開始です。
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Adjuvant! Online→抗がん剤に
過去の記録
<2013年1月18日>
術後病理検査結果の説明の続きです。

主治医、おもむろに私物?のスマフォを開き、
Adjuvant!Onlinen の英語の棒グラフを表示する。
英語!しかも小さくて見づらい!せめてタブレットだったら(>_<)。

淡々と説明が始まる。
雪窓さんの年齢、がんの状況などを入力すると
このような予測がでます。

もう小さい画面を見るのを諦め必死でメモをとる。

 
Adjuvant!Onlinen 
 手術のみだと10年間、無再発 生存率が69%
 手術にホルモン治療のみを加えると
  10年間、無再発 生存率が11%上乗せされる(=80%)

 手術に抗がん剤治療のみを加えると
  10年間、無再発 生存率が14%上乗せされる(=83%)

 手術にホルモン、抗がん剤両方の治療を加えると
  10年間、無再発 生存率が20%上乗せされる(=89%)
 



手術とホルモン治療のみだと10年間、、無再発生存率が80%なのが
抗がん剤を併用すると89%になるということ。


 ↑後日、3月の診察でプリントアウトしてもらいました。
 (訳ミスあるかも&見づらくてご容赦ください)


できれば抗がん剤は、やりたくなかった。抗がん剤の怖さを説いた本も何冊か読んでいた。
でも、万が一、再発して「あの時、抗がん剤を使っていたら…」と
後悔するのも、もっと嫌だった。

主治医からは2週間くらい考えますか?と水をむけられたが

術後の貴重な時間がこれ以上、
無治療で過ぎていくことは、避けたかった。
グレード3で脈管浸潤ありってことは、リンパ節転移はないものの
私の体の中を微細ながん細胞が漂っている?早く何かしら治療を始めねば。

そして、何より私は3月から復職したいという事情もあった。
主治医は急な発熱などでも休めるのなら大丈夫と。
…そして抗がん剤治療を選択した。

3か月と6か月どちらの治療期間を?という選択肢は
復職の事情と
抗がん剤への抵抗感で?3か月にした。

UFTという薬を2年間、服用するのも選択肢にあったが
2年間、飲み続けるよりは短期決戦の点滴治療に決めた。

翌週から慌ただしく抗がん剤治療に入った。
勤務先に事情を説明すると幸い、3月いっぱいの休職の延長が認められた。


やっと今日、お雛様をしまいました。
だって、お雛様がまだここにいたいって
ずっと言ってたから~(;´∀`)…苦しい。
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術後病理検査結果  
過去の記録
<2013年1月18日>

12月13日に手術だったが年末年始をはさんだためか、
結果が出るのに約1か月。ずいぶん時間がかかった。
今日は告知の時と違い、頼んでみたら夫が同行してくれる。

*術後病理結果
2012年12月13日、右温存手術施行。
ステージ1、硬がん1.2㎝、リンパ節転移なし。乳管内進展あり。
血管、リンパ管への浸潤あり。
エストロゲン90%。プロゲステロン11%。HER2:0。
核グレード3。ki-67:20%。
再発危険度が中等度のため抗がん剤の治療をお勧めする。


全く想定外だった「抗がん剤治療」。
早期発見だったはずだよね。ステージ1だよね。
それなのに?
そうだね、私の人生そんなに順調にいくはずないよね。
悲観的というか諦観のような思いが込み上げてきた。
主治医の声が遠くなる。
集中しろ、私。

更にAdjuvant!Onlinenの説明が続くが長くなるのでまた次回に。


昨日はTC療法4回目。ついにラストケモでした。
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年賀状の憂うつ、子宮がん検診、アートメイク
過去の記録
<2013年1月初旬>
年賀状の憂うつ

年末年始、何だか気持ちが沈む。年賀状、出すのを止めようかとも思った。
例年、近況や「お元気ですか」「おかわりありませんか」など
一言書き加える。今回は近況も語れないし「お元気ですか」なんて
今の自分だったら絶対、聞かれたくない言葉だ。

年賀状で旧友にカミングアウトという手もあるが新年早々、病気の話もなあ。
それに、私の中でこの話題はまだ生々しすぎた。
結局「おかわりありませんか」という一言が大半を占めた。


<2013年1月8日>
子宮がん検診

市から子宮がん検診のクーポンが来ていたのでかかりつけの産婦人科病院受診。
乳がん検診のときのK女医に報告がてら見てもらおうとしたら
K女医は今、乳がん検診専門で子宮がん検診はみてないそう。残念。

他の女医さんを希望し子宮頸がん、子宮体がんの両方を受診。
子宮筋腫が2つ(3cm、1cm)あるが筋層内にあるので問題ない。
子宮内膜 6.2mmの厚さで特に問題ない。
卵巣、超音波上特に問題ない。

乳がん術後であることを話したら、これからホルモン治療をするなら
市の指針は2年に1回の検診だが私の場合は1年に1回の検診をお勧めするとのこと。

よいことを教えてもらった。忘れないようにしよう。

ちなみに子宮頸がん、体がんともに後日、結果郵送され問題なしだった。


<2013年1月中旬>
アートメイク

病理結果が出る18日まで何かしておくことはないか。
この中途半端な時期、何か有用なことに使えないか、焦りにも似た気持ちがあった。

ブログを見ていると抗がん剤で眉が抜ける前にアートメイクをした、と
いう方がいた。
私は元々、眉が薄い。描かないと、ゴミ捨てにも出られない。
入院中はノーメイクだったので鏡を見ては「あちゃー(>_<)」と思う毎日だった。

ネットで准看護師さんが施術している皮膚科を発見。
MRIを受けても問題ない色素を使用している、と書いてある。
(MRIは金属類は高温になったりするので化粧はNGなのだ)

市立病院の外科に電話して看護師さんに聞くと
「大丈夫だと思うけど主治医に確認をとってからにしてください」。

アートメイクの皮膚科に電話。
施術している准看護師さんに乳がん術後で病理結果待ちで…と伝える。
すると安全な色素を用いてはいるが施術後3~4週間はMRIは控えてほしい。
頭皮にパッチテストをして2日間様子を見る等。説明してくれる。
そして病理結果が出てからのほうがよいのでは、とアドバイスをもらう。

やはり病理結果が出てからにしよう。結果を聞いてその時アートメイクのことも
聞いてみよう。と能天気な結論を出したのだった。


やっと2013年の記録になりました。
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退院後の体力や傷の回復
過去の記録
<2012年12月中旬>
退院翌日(術後5日目)は、徒歩で銀行や、かかりつけの産婦人科病院にマンモグラフィを返しに行ったり結構、活動する。念のため夕食の宅配弁当は、今週は継続。

退院翌々日(術後6日目)は車を運転。ちょっとハンドル操作がもたつく。運転席に座って手を伸ばしドアを閉めようとしたら手術した右胸筋が痛い。そうか、こういう動作はまだ早いんだな。

<12月21日>
(術後8日目)傷口の包帯交換。ラップフィルム状のテープで傷口全体を覆っていたので今まで傷口が良く見えなかった。乳輪に沿って横に切ってあるんだ。乳輪近くの傷が少しジクジクしていてそこだけ防水?ガーゼ付テープになる。他のところは傷に沿って短く切った綿テープを縦にちょんちょんと貼る形にかわる。本日から浴槽につかってよいとのこと。

<12月22日>
お一人様でチェロのコンサートへ。このコンサートに退院が間に合うか心配だった。
なのに何だか楽しめない自分にがっかりする。知らない曲が多かったから?。
手術が終わって虚脱状態なのかも。そういえば大変なことを乗り越えて気が緩んだら、体調を崩したり気分が落ち込んだりするんだよね、私。
ヒートテックのタートルネックを着てたら脇の下の傷が腫れてかゆい。
翌日、半袖のヒートテックに替えたら治まった。

<12月28日>
術後15日目。傷口の診察。すべて綿テープになる。テープはできるだけ貼っておくほうが傷の治りが早いので無理に剥がさないで自然に剥がれるに任せて、とのこと。

病理結果は1月18日の診察で聞く予定。
12月中は有給休暇、1~2月は病気休職を申請してある。
できるだけ早く治療を進めて3月からの復職に間に合わせたい。

雪窓「放射線治療はいつ頃から始められますか?」
主治医「予約を取るので2~3週間待ちですね。
    抗がん剤なら翌週から始められます。」

なぜ、聞いてもいないのに抗がん剤のことを?
先生、意地悪だなと一瞬、思った(子どもか?私は。)
病理結果はまだ出てないが医師は常に最悪の状態も予想しているってこと?
今、思うと手術した時から、思ったよりがんが広がっている、
グレードが良くないことを先生は予想していたのかもしれない。


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入院5~7日目(術後2~4日目)。退院。
過去の記録
<2012年12月15日>
入院5日目(術後2日目)

朝の回診で「明日、ドレーンを抜き明後日、退院」と言われる。
術後のだるさからもすっかり回復していたので
あと2日間もベッドを占領していていいのかな?という感じ。

午後、両親、姉、娘が面会に来る。
娘とは電話で毎日、話していたが鼻声がひどいので
夫に頼んで午前中、小児科を受診、「アレルギー性鼻炎」ということだった。

明後日、娘はバスで校外学習なのだ。アレルギー性鼻炎なら多分、参加は大丈夫だろう。
そして、お弁当持参なのだが夫は「俺、弁当作ったことないから無理」と
あっさり戦線離脱(-"-)。

そこで考えた。夫は 役に立たない 当てにできないので娘のできる範囲で
お弁当を作らせよう。
せめて母親の手作りを一品と思い、ハンバーグを入院前に作り冷凍しておいた。
後は塩むすび、ゆで卵、きゅうり、トマト、りんごというメニュー。
塩むすびとハンバーグ以外は前日に作ったり切ったりしておけばよし。

後は寝坊さえしなければ大丈夫。私の母に念のためモーニングコールを頼む。

この段取りで何とかなるだろう。


<2012年12月16日>
入院6日目(術後3日目)

朝、ドレーン抜去。

夕方、娘に電話で弁当作りの段取りを確認。キャラ弁に憧れている娘は
ゆで卵をなめこ(ゲームのなめこ栽培)にしたいなあ、などと
無謀なことを言っている。


キャラ弁
↑こんな風にしたいらしい(;´∀`)


<2012年12月17日>
入院7日目(術後4日目)

娘はモーニングコールのおかげで寝坊せず無事に校外学習へ。
無謀にも、なめこのゆで卵を作ったそうだが、味、形とも
今ひとつだったらしい。そして、用意したりんごを冷蔵庫に忘れていったそうな。

いよいよ退院。

市の検診で撮ったマンモグラフィを前の病院に返却するよう渡される。
生命保険の診断書を窓口に提出。


*7日間の入院。右胸温存手術、センチネルリンパ節生検。
会計(3割負担。限度額適用認定証使用)¥84515
       食事療養費負担金     ¥ 4160  
          病衣貸与料     ¥  539                                          
                   ¥89214
       
       文書料(生命保険診断書)¥ 5250



やっと退院まで進みました。そして初めての画像だあ(^O^)/
(でも載せてよかったのかな?著作権とか?)
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入院4日目(術後1日目)
過去の記録
<2012年12月14日>
入院4日目(術後1日目)

術後の辛い一晩を過ごし、朝、看護師さんが来た。
T字帯の紐が外れて行方不明になっていたみたい。
「あら~。T字帯が外れてお下(しも)が丸見え!」と
大きな声で実況中継されてしまった(ーー;)
これでも一応、女性なんですけど。
羞恥心も、あるのですが…。

主治医がふらっと回診にきたので
「水が飲みたいです」「鼻の酸素チューブまだ外しちゃだめですか」と
色々、要求。水は飲んでいいです。
チューブは、あ~外していいですよ、とするっと無造作に抜いて去ってしまった。
鼻水が糸引いててすごく間抜けな姿な、私。
さっきのT字帯といい、なんだかなあ。

朝食後、尿管を外してもらい身体を拭き手術着からパジャマに着替える。
水を飲むと喉が痛い。全身麻酔で管?を入れていた後遺症らしい。

看護師さんに着いてもらい点滴をガラガラ引きながら歩いてみる。
うん、大丈夫。
その後、レントゲンに行くように言われ一人で歩いて行った。
昨日、私の前にオペだった人が看護師さんと車椅子で来ていた。
私、もしかして放置されてる?いや回復が早いということにしておこう。

売店で朝刊を買い(これは毎朝の習慣)部屋に戻る。

昼食は、あまり食欲なかったが早く点滴を抜きたいので完食する。
その後、点滴の針を刺してる所が痛くなり指が痺れてきたので
看護師さんに、昼食完食したこともアピールしたら
点滴抜きましょう、ということになる。
抜いたら血が大量にあふれてきてビックリ。看護師さんから「血がサラサラに
なる薬のんでます?」と聞かれるくらいの量。何だったんだろう。
とりあえず5分間しっかり止血したら治まった(;´∀`)

あとはドレーンだけ。なんて身軽、嬉しいこと。でも、なんかだるい。
動いたほうが回復が早いかなと思ったが
看護師さんの「辛いときは休んだほうがいいですよ」という
言葉に甘え、熱はないけど氷枕をもらい爆睡(^^ゞ
よく寝たらすっきりした。

その後、同室の方から「私はうるさくしちゃったけど、あなた大人しかったわね」
と褒められ?ちょっと得意になる。

今日は別の人が朝からオペに行っている。入れ替わり立ち代わりだなあ。


なかなか現在に追いつかないブログです。
でも、色々、思い出して懐かしいです。
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入院3日目:手術
過去の記録
<2012年12月13日>
入院3日目
いよいよ手術。人生初の全身麻酔。
昨日、一昨日と2日連続、よく眠れてないけど大丈夫かな、
まあ麻酔がよくきいて熟睡できるかも(*´▽`*)

 6:00 弾性ストッキング装着(血栓予防のため。
      明朝まで脱いではいけない)
 9:00 までにアルジネートウォーター(スポーツドリンクの味)
      紙パック×2本飲む。
      お茶、水も9時までに250ccまでなら可。
      あまり喉は乾いてないけど、
      手術まで飲めないとなると飲んでおかなきゃ!と思う。
      実は私、喉や口が渇くのが、すごく苦痛なのです。
      看護師さんに、水は飲めないけど、うがいならしてもいいと言われ
      ホッとしました。

      朝食は抜き。手術は2番目の予定。いつ呼ばれるか分からないけど
      家族は11時までに来るように言われてるから
      そのくらいが目安らしい。
      でも、遅れることが多いです、と言われる。

10:00 早くも両親到着。
      ありがたいのだが、こんなに早く来ても疲れるだろうに。
      ただでさえ手術前で落ち着かないのに、余計に落ち着かない。
      しかも菓子折り持参。受け取ってもらえないと思うのだが…

11:00 夫ようやく到着。
      手術は前の人が終わらないのか、なかなかお呼びがかからない。
      両親持参の菓子折りは、やはり固辞されたらしい。

13時すぎ ようやく呼ばれ、徒歩で看護師さんと夫と3人でオペ室へ。
      オペ室の少し前で夫と普通にじゃあ、頑張ってと別れる。

      前のオペの人がまだ病棟から迎えが来てない
      (病室のベッドごと迎えに来るそうな)ので、またまた待機。

13時半? 点滴を刺され麻酔科の先生に酸素マスクをあてられる。

      ・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。      
      
      「雪窓さん!雪窓さん!」ふと気付くと、
      いつのまにやら手術は済んでて
      口に入れてたチューブ?を抜いてくれてるところでした。
      麻酔って、数を数えたりしながら徐々にかかるものと思ってたら
      不覚にも?いきなり意識消失してました。
      
      この間に、尿管挿入や乳房にセンチネル用の青い色素注射を
      打たれたり、けっこう痛い処置もあったはず。
      意識のないのは幸いだったのかも?
      
      主治医が「リンパ節に転移なかったよ。部分切除でいけたよ。」と。
      私はまだ、もうろうとしていて「はあ」みたいな返事が精一杯。
      それから1、2、の3の掛け声で
      オペ室に迎えに来ていた病室のベッドに
      移されガラガラと移動し自分の部屋へ。

17時半? 両親が、まだいてくれたのでちょっとびっくり。
      娘が一人で留守番しているのが気がかりで
      私は大丈夫だから帰りに家によって娘に顔見せてってと頼む。
      
      看護師さんから「寒くないですか?毛布もう1枚かけますか?」と
      心配されるが
      逆に暑い、弾性ストッキングも暑い、酸素マスクもうっとうしい、
      指先に挟んでる脈拍を測る装置も全部うっとうしい、
      外したいよー(;´Д`)
      
      そこで夫が、じゃあ俺、帰るからと貴重品のカギのついた腕輪を
      私の腕に。
      キーッまた、うっとうしいものがああっ(ノД`)・゜・。

      その後、氷枕をもらい、訪れる看護師さんには、
      必ずうがいをお願いし
      酸素マスクがうっとうしい、と訴えては却下
      (明日、先生の許可がでるまで待ってください)されるが
      ちょうど回診にきた先生に言ってみたら
      鼻チューブのものに替えてくれた。
      
      その晩は同室の方の眠りを妨げないようナースコールは押さず      
      巡回に来る看護師さんには必ずうがいをお願いした。
      中には面倒くさそうだったり手荒な人もいた。

      点滴や尿管、ドレーンにつながれ腰も痛いけど寝返りも打てず
      時々、ブリッジみたいにお尻を持ち上げたり。
      うちわを持参したのだけど、ベッドの上で
      行方不明…後で床に落ちてるのを発見。
      今、何時か分からないのも辛かった。
      本当に長い長い一晩を過ごした。



今日も長文になってしまいました。
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雪窓(ゆきまど)

Author:雪窓(ゆきまど)
2012年10月、乳がん告知。
2012年12月、右温存手術、リンパ節転移なし。
(硬がん、ステージ1、ホルモン陽性、HER2陰性)。

2013年1月、術後の病理診断で、グレード3、
ki-67:20%、など判明。
2013年1月~4月 抗がん剤(TC療法)4クール 
2013年5月~6月 放射線治療25+5回   
2013年6月~   ホルモン治療(ノルバデックスのみ)

2014年3月   冠攣縮性狭心症の疑い 
   

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