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入院5~7日目(術後2~4日目)。退院。
過去の記録
<2012年12月15日>
入院5日目(術後2日目)

朝の回診で「明日、ドレーンを抜き明後日、退院」と言われる。
術後のだるさからもすっかり回復していたので
あと2日間もベッドを占領していていいのかな?という感じ。

午後、両親、姉、娘が面会に来る。
娘とは電話で毎日、話していたが鼻声がひどいので
夫に頼んで午前中、小児科を受診、「アレルギー性鼻炎」ということだった。

明後日、娘はバスで校外学習なのだ。アレルギー性鼻炎なら多分、参加は大丈夫だろう。
そして、お弁当持参なのだが夫は「俺、弁当作ったことないから無理」と
あっさり戦線離脱(-"-)。

そこで考えた。夫は 役に立たない 当てにできないので娘のできる範囲で
お弁当を作らせよう。
せめて母親の手作りを一品と思い、ハンバーグを入院前に作り冷凍しておいた。
後は塩むすび、ゆで卵、きゅうり、トマト、りんごというメニュー。
塩むすびとハンバーグ以外は前日に作ったり切ったりしておけばよし。

後は寝坊さえしなければ大丈夫。私の母に念のためモーニングコールを頼む。

この段取りで何とかなるだろう。


<2012年12月16日>
入院6日目(術後3日目)

朝、ドレーン抜去。

夕方、娘に電話で弁当作りの段取りを確認。キャラ弁に憧れている娘は
ゆで卵をなめこ(ゲームのなめこ栽培)にしたいなあ、などと
無謀なことを言っている。


キャラ弁
↑こんな風にしたいらしい(;´∀`)


<2012年12月17日>
入院7日目(術後4日目)

娘はモーニングコールのおかげで寝坊せず無事に校外学習へ。
無謀にも、なめこのゆで卵を作ったそうだが、味、形とも
今ひとつだったらしい。そして、用意したりんごを冷蔵庫に忘れていったそうな。

いよいよ退院。

市の検診で撮ったマンモグラフィを前の病院に返却するよう渡される。
生命保険の診断書を窓口に提出。


*7日間の入院。右胸温存手術、センチネルリンパ節生検。
会計(3割負担。限度額適用認定証使用)¥84515
       食事療養費負担金     ¥ 4160  
          病衣貸与料     ¥  539                                          
                   ¥89214
       
       文書料(生命保険診断書)¥ 5250



やっと退院まで進みました。そして初めての画像だあ(^O^)/
(でも載せてよかったのかな?著作権とか?)
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入院4日目(術後1日目)
過去の記録
<2012年12月14日>
入院4日目(術後1日目)

術後の辛い一晩を過ごし、朝、看護師さんが来た。
T字帯の紐が外れて行方不明になっていたみたい。
「あら~。T字帯が外れてお下(しも)が丸見え!」と
大きな声で実況中継されてしまった(ーー;)
これでも一応、女性なんですけど。
羞恥心も、あるのですが…。

主治医がふらっと回診にきたので
「水が飲みたいです」「鼻の酸素チューブまだ外しちゃだめですか」と
色々、要求。水は飲んでいいです。
チューブは、あ~外していいですよ、とするっと無造作に抜いて去ってしまった。
鼻水が糸引いててすごく間抜けな姿な、私。
さっきのT字帯といい、なんだかなあ。

朝食後、尿管を外してもらい身体を拭き手術着からパジャマに着替える。
水を飲むと喉が痛い。全身麻酔で管?を入れていた後遺症らしい。

看護師さんに着いてもらい点滴をガラガラ引きながら歩いてみる。
うん、大丈夫。
その後、レントゲンに行くように言われ一人で歩いて行った。
昨日、私の前にオペだった人が看護師さんと車椅子で来ていた。
私、もしかして放置されてる?いや回復が早いということにしておこう。

売店で朝刊を買い(これは毎朝の習慣)部屋に戻る。

昼食は、あまり食欲なかったが早く点滴を抜きたいので完食する。
その後、点滴の針を刺してる所が痛くなり指が痺れてきたので
看護師さんに、昼食完食したこともアピールしたら
点滴抜きましょう、ということになる。
抜いたら血が大量にあふれてきてビックリ。看護師さんから「血がサラサラに
なる薬のんでます?」と聞かれるくらいの量。何だったんだろう。
とりあえず5分間しっかり止血したら治まった(;´∀`)

あとはドレーンだけ。なんて身軽、嬉しいこと。でも、なんかだるい。
動いたほうが回復が早いかなと思ったが
看護師さんの「辛いときは休んだほうがいいですよ」という
言葉に甘え、熱はないけど氷枕をもらい爆睡(^^ゞ
よく寝たらすっきりした。

その後、同室の方から「私はうるさくしちゃったけど、あなた大人しかったわね」
と褒められ?ちょっと得意になる。

今日は別の人が朝からオペに行っている。入れ替わり立ち代わりだなあ。


なかなか現在に追いつかないブログです。
でも、色々、思い出して懐かしいです。
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入院3日目:手術
過去の記録
<2012年12月13日>
入院3日目
いよいよ手術。人生初の全身麻酔。
昨日、一昨日と2日連続、よく眠れてないけど大丈夫かな、
まあ麻酔がよくきいて熟睡できるかも(*´▽`*)

 6:00 弾性ストッキング装着(血栓予防のため。
      明朝まで脱いではいけない)
 9:00 までにアルジネートウォーター(スポーツドリンクの味)
      紙パック×2本飲む。
      お茶、水も9時までに250ccまでなら可。
      あまり喉は乾いてないけど、
      手術まで飲めないとなると飲んでおかなきゃ!と思う。
      実は私、喉や口が渇くのが、すごく苦痛なのです。
      看護師さんに、水は飲めないけど、うがいならしてもいいと言われ
      ホッとしました。

      朝食は抜き。手術は2番目の予定。いつ呼ばれるか分からないけど
      家族は11時までに来るように言われてるから
      そのくらいが目安らしい。
      でも、遅れることが多いです、と言われる。

10:00 早くも両親到着。
      ありがたいのだが、こんなに早く来ても疲れるだろうに。
      ただでさえ手術前で落ち着かないのに、余計に落ち着かない。
      しかも菓子折り持参。受け取ってもらえないと思うのだが…

11:00 夫ようやく到着。
      手術は前の人が終わらないのか、なかなかお呼びがかからない。
      両親持参の菓子折りは、やはり固辞されたらしい。

13時すぎ ようやく呼ばれ、徒歩で看護師さんと夫と3人でオペ室へ。
      オペ室の少し前で夫と普通にじゃあ、頑張ってと別れる。

      前のオペの人がまだ病棟から迎えが来てない
      (病室のベッドごと迎えに来るそうな)ので、またまた待機。

13時半? 点滴を刺され麻酔科の先生に酸素マスクをあてられる。

      ・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。・゜・。      
      
      「雪窓さん!雪窓さん!」ふと気付くと、
      いつのまにやら手術は済んでて
      口に入れてたチューブ?を抜いてくれてるところでした。
      麻酔って、数を数えたりしながら徐々にかかるものと思ってたら
      不覚にも?いきなり意識消失してました。
      
      この間に、尿管挿入や乳房にセンチネル用の青い色素注射を
      打たれたり、けっこう痛い処置もあったはず。
      意識のないのは幸いだったのかも?
      
      主治医が「リンパ節に転移なかったよ。部分切除でいけたよ。」と。
      私はまだ、もうろうとしていて「はあ」みたいな返事が精一杯。
      それから1、2、の3の掛け声で
      オペ室に迎えに来ていた病室のベッドに
      移されガラガラと移動し自分の部屋へ。

17時半? 両親が、まだいてくれたのでちょっとびっくり。
      娘が一人で留守番しているのが気がかりで
      私は大丈夫だから帰りに家によって娘に顔見せてってと頼む。
      
      看護師さんから「寒くないですか?毛布もう1枚かけますか?」と
      心配されるが
      逆に暑い、弾性ストッキングも暑い、酸素マスクもうっとうしい、
      指先に挟んでる脈拍を測る装置も全部うっとうしい、
      外したいよー(;´Д`)
      
      そこで夫が、じゃあ俺、帰るからと貴重品のカギのついた腕輪を
      私の腕に。
      キーッまた、うっとうしいものがああっ(ノД`)・゜・。

      その後、氷枕をもらい、訪れる看護師さんには、
      必ずうがいをお願いし
      酸素マスクがうっとうしい、と訴えては却下
      (明日、先生の許可がでるまで待ってください)されるが
      ちょうど回診にきた先生に言ってみたら
      鼻チューブのものに替えてくれた。
      
      その晩は同室の方の眠りを妨げないようナースコールは押さず      
      巡回に来る看護師さんには必ずうがいをお願いした。
      中には面倒くさそうだったり手荒な人もいた。

      点滴や尿管、ドレーンにつながれ腰も痛いけど寝返りも打てず
      時々、ブリッジみたいにお尻を持ち上げたり。
      うちわを持参したのだけど、ベッドの上で
      行方不明…後で床に落ちてるのを発見。
      今、何時か分からないのも辛かった。
      本当に長い長い一晩を過ごした。



今日も長文になってしまいました。
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入院1~2日目
過去の記録です。
<2012年12月11日>

入院1日目
 朝9:30、夫と病院へ。
 廊下突き当りの4人部屋、窓側のベッド。静かそうでラッキー(^^)/
 
 看護師さんに病棟を案内してもらい病歴を伝え、
 手術中、着用するという弾性ストッキングを渡される。
 薬剤師さんに持参した持病薬のチェックを受ける。  
 手術当日、朝に飲むというアルジネートウォーターを売店で買う。

 15時すぎ予定より1時間遅れで主治医から手術の説明あり。
 夫と2人で聞く。「センチネルリンパ節に転移があっても
 微小だったらリンパ郭清しないという方針の医師もいる、という記事を
 読んだ。できればリンパ節郭清は避けたい」と伝える。

 希望は分かったが最終的には主治医の総合的判断に任せて下さい、ということになる。

 17時。エコーで患部の最終確認とペンでマーキングして写真を撮る。
 自分で触診しても相変わらず、しこりがよくわからないので主治医に教えを乞う。 
 「私も触診、苦手なんだけどね~」
 …苦手!? て、だから今まで一度も触診しなかったのか(ーー;)
 
 主治医の指導のもと触ってみるがなんかピンとこなかった。似たような手触りは私の胸には
 いくつもある…。これでは再発しても自分では分からないかもしれない(>_<)

 同室の方が午後から手術。夕方、帰室したが痰が絡むらしく夜中に何回かコールあり
 看護師さんの出入りが頻回で、あまり眠れなかった。


<2012年12月12日> 
入院2日目
 7:30 右乳輪に麻酔薬貼る。
 8:00 RI室で右乳輪に放射性同位元素(ラジオアイソトープ)を注射。
15:00 RI撮影
16:00 シャワー 

 RIと、術前に乳房に青い色素を注射することで、術中にセンチネルリンパ節を特定するそうだ。
 (青く染まり放射線の高信号を示すことでセンチネルリンパ節と特定される)

 昨日、手術だった方が「昨夜は、うるさくしてごめんないね」。お互い様ですから~と返す。
 明日は我が身である。
 就寝前、看護師さんから「睡眠薬飲みますか?あ、でもアレルギーが色々、あるみたいですね。」
 と言われ、飲む気満々だったが万が一を考え止めておいた。
 そして…昨日に続いて、今日は緊張のためか眠れなかった(>_<)


TC 4回目の予定でしたが体調万全でないのと
娘の入学式と発熱しそうな時期が、かち合いそうだったので
2週間、延期してもらいました。
心配だったキャンセル料?はとられませんでした。
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入院の準備、持ち物
過去の記録です。
<2012年10月15日~12月>

告知後から入院までにしておいたこと
・歯科治療(虫歯の有無と歯石のチェックだけだったが予約が意外ととれず
 オペ10日前までかかってしまった)
・インフルエンザの予防接種(自分と家族)
・かかりつけ医に常備薬を多めにもらっておく(退院後も服用できるくらい)

・健康保険限度額適用認定証の申請、受取

・髪のカット

・入院中の家族の食事→夕食に宅配弁当を手配

・娘の校外学習お弁当おかず準備(1品だけ作り冷凍)

・夫に娘が体調を崩した時の対処を書き残す(学校を休む時は連絡帳をお友達に預ける、
 かかりつけ医など)
・娘に、帰宅後してほしい家事や、ごみの日、など書き残す


入院時の持ち物
・パジャマは病院のレンタル病衣を利用
・履物はサボ(脱ぎ履きしやすくスリッパより歩きやすい)
・夜、寒く靴下は必需品。シャツや胸帯は着なかった。
・ポンチョ型のカーディガンは袖を通しやすく術後も楽だった
・ポシェットは売店や検査など行くとき便利。
・小説やラジオ、音楽プレイヤー等、は必須。
・給湯器があったのでティバッグとマグボトルは重宝した。
・メモ帳と筆記用具は入院時のちょっとした日記代わりに便利。
・うちわ(術後、私はとても暑かったので)



TC療法3クール目にして初めて発熱。
約10日ほど続きました。
その間、娘の卒業式や謝恩会…
解熱剤のんで出席しました。
病み上がりの雪窓の
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プロフィール

雪窓(ゆきまど)

Author:雪窓(ゆきまど)
2012年10月、乳がん告知。
2012年12月、右温存手術、リンパ節転移なし。
(硬がん、ステージ1、ホルモン陽性、HER2陰性)。

2013年1月、術後の病理診断で、グレード3、
ki-67:20%、など判明。
2013年1月~4月 抗がん剤(TC療法)4クール 
2013年5月~6月 放射線治療25+5回   
2013年6月~   ホルモン治療(ノルバデックスのみ)

2014年3月   冠攣縮性狭心症の疑い 
   

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